スポーリン・シアターゲームに関するブログ(2011年ワークショップ活動再開!)


by spo-game

はがゆさ

 私が参加して数年後、大阪在住のアメリカ人がポール・シルズの講座に参加してメールをくれた。彼の感想は「スポーリンはそれぞれが自分に役立つものを持って帰るもの」、というものだった。これはイギリスのある演技講師がスポーリンを評して、「指導者がそれぞれの指導法の中で応用した時に最も効果を発揮する」と言ったのと同じだ。言い換えると「スポーリンのワーク」として全体を持ち帰って指導することの難しさを現しているとも言える。これがスクールという形ではなく、スポーリンから息子のポール・シルズそして孫のアレサ・シルズへと継承されているに(ほぼ)とどまっている理由だろう。

一つ一つのゲームは様々な場所で使われている(それがスポーリンという認識がないことも多い)。その理論も研究論文などで述べられている。ただその全体像を体験する場がほとんどない。スポーリンがなんともはがゆく感じられるのはこの点にある。


# by spo-game | 2019-01-07 17:43 | ゲームに関する考察 | Trackback | Comments(0)

こんな時にやってほしい

自分は一人でワークショップに参加する人がとても気になる。一人だけ誰も知らない状況と言うのはとてもつらいものだからだ(これは子供でも大人でも同じだとスポーリンは言っている)。自分は子供の頃にこういった状況でとても「痛い」体験をしたので余計に気になるのだ(逆に気をまわし過ぎてかえって自意識過剰にさせているかもしれない)。

個人的にシアターゲームを一番活用してほしいのは、だから学校で転校生が来た時だ。ただこれにはスポーリンのゲームよりも、広くアイスブレークとして広まっている「シアターゲーム」の方がいい。特に名前を覚えるゲームの数々は、クラスと転校生の間の壁を早く取り除くのに役立つと思う。

とにかくグループの中で居心地よくいることは、精神の健康にとても大事だ。今はシアターゲームやインプロゲームの本がけっこう出ているので、先生方が目を通してくれるとうれしい。



# by spo-game | 2019-01-06 15:41 | 未分類 | Trackback | Comments(0)

よく考えたらスポーリンの「集合と分散」(「即興術」p168)は、ハロルドの原型のようなところがある。ハロルドでは無関係だったシーンに意図的につながりを持たせて話が混ざり合っていく。「集合と分散」ではプレイヤーが集まったり散らばったりしている間に、副産物的にバラバラだった会話が混ざり始めるのだ(それが目的ではない)。パフォーマンスとしてはハロルドの方が完成度が高いが、スポーリンには意図せず話がからみあってくるおもしろさがある。


# by spo-game | 2018-12-26 19:52 | ゲームに関する考察 | Trackback | Comments(0)

ここしばらく札幌のマイミストに、トニー・モンタナロの著作「Mime Spoken Here」を訳す機会があった。モンタナロはアメリカのマイミスト(カンジヤママイムさんの先生でもある)で、DVD付きのこの本では様々な練習法やテクニックを惜しげもなく紹介している。

自分はこの本を読んで、長年抱いていたスポーリンとパントマイムに関する疑問が解けた気がした。

例えば綱引きをする場合、スポーリンではプレイヤーが手の中に綱のスペースを作るように指導する。スポーリンでは空間で作った物体との関わりを重視するからだ。物体を意識することで舞台環境を創り出し、そこに存在するのだ。

一方モンタナロは綱のスペースを作るなと教える。そうすると綱を強く握っているという「イリュージョン」がなくなるからだ。大切なのは綱の太さではなく、強く握っているという「イリュージョン」なのだと。

重いスーツケースを持つ時も同じだ。スポーリンならスーツケースの幅を考慮して、腕を脚から少し離して持ち上げるだろう。しかしモンタナロは腕を脚にぴったりつけて、「重い」というイリュージョンを見せるのだ

イリュージョンを重視するというモンタナロの説明を聞いてわかった。スポーリンの即興を見ていると、下手なパントマイムを見ているような気がすることがあるのだ。そうかそのせいだったか。

即興では見えないものを扱う匙加減がむずかしい。


# by spo-game | 2018-12-22 10:12 | ゲームに関する考察 | Trackback | Comments(0)

追悼ニール・サイモン

敬愛するニール・サイモンが、8月に亡くなっていたことを知った。ちょうど目を痛めてネットを見ていなかった時期だ。

自分がハワイ大学で演劇を専攻したのはニール・サイモンがやりたかったから、と言っても過言ではない。それくらい好きな作家だった。

ただ自分が入学した1980年当時、演劇科という環境の中でニール・サイモンがやりたいとは言いずらい空気があった。商業的に成功しているだけで100年もたてば忘れ去られている作家、そんな評価だったのだ。だから1年目を終えた時に演技の先生が「2年目の前期はまるまるニール・サイモンをやる」と言ったとき、自分は大喜びだったがそれを知った教授陣は「ActingIIIまで進んでニール・サイモンだって?」とあきれていた。自伝三部作で見直され、ピュリッツアー賞も受賞するのはもう少し後のことだ。

あなたの作品を演じるのはとても楽しかったし、今も英語のワークショップでそのおもしろさを伝えています。

たくさんの笑いをありがとうございました、Mr.SimonRIP.


# by spo-game | 2018-10-30 10:08 | 未分類 | Trackback | Comments(0)