◎ヴァイオラ・スポーリン(1906-1994):
このブログでは「シアターゲームの祖」と呼ばれるヴァイオラ・スポーリンについて紹介しています。
スポーリンのゲームは「手裏剣」や「ジップザップ」などのアイスブレーク的なシアターゲームとは一線を画すものです。スポーリンのゲームは「ゲーム的要素を持った演技エクササイズ」で、参加者が交代でプレイヤーと観客になり、「見る・見られる」という関係の中で進めていきます。また言葉よりも身体で伝えることを重視しており、かんたんな五感のゲームから複雑な演技テクニックまで、演技に必要なスキルを段階的に学んでいけるように工夫されたものです。
スポーリンはもともとセツルメントワーカー(社会福祉士)を目指していた人で、1930年代にシカゴで移民の子供たちに演劇を教えていました。しかし子供たちの中には英語の読み書きができない子も多く、それぞれが抱える文化背景も異なるため、既存の指導法では限界があったのです。そこで「遊び=ゲーム」の要素を採り入れて試してみたところ、子供達はのびのびと表現し始めたのです。
言葉よりも直感と身体表現を重視したこれらのゲームには身体表現を高める、集中力を養う、信頼関係を築くなど、多くの効果がありました。シアターゲームとして知られるようになったこれらのゲームはやがて教育演劇やプロの俳優トレーニングにも広がり、さらに自己啓発や非言語コミュニケーションなど幅広い分野に影響を与えることになりました。
◎ポール・シルズ(1927-2008):
スポーリンの息子ポール・シルズはシアターゲームを使って学生劇団をトレーニングし、1955年友人のデヴィッド・シェパードとともにアメリカ初の即興劇団「コンパス」を作りました。もともとシルズはブレヒトに強い影響を受けており、劇団は当時の世相や社会風刺を盛り込んだ短いスケッチを発表しました。ただしコンパスで上演したのは完全な即興ではなく、メンバーが書いたシナリオに本番で即興を加えていました。
コンパスの次にシルズが作ったのが、今やインプロ界の登竜門となっている「セカンドシティ」です。ただしここでも純粋な即興ではなく、リハーサルで即興をしながら台本を作り、そこに本番で即興を加えるというスタイルを踏襲していました。シルズにとって即興はそのまま舞台に乗せるものではなく、あくまで台本を書く手段だったのです。しかし当初は社会風刺を多く扱っていた劇団は徐々に商業化していき、シルズは5年後に劇団を去りました。
◎その後のスポーリンとシルズ
その後も2人はシアターゲームと即興演劇に深く関わっていきますが、「インプロ」とは一線を画した活動を広げていきます。スポーリンは幅広い分野でシアターゲームのワークショップを展開し、本を出版していきます。またシルズはシアターゲームを使って「ストーリーシアター」という新たな上演スタイルを創り上げました。これは寓話を元にシアターゲームで台本を作り、演者がナレーターも兼ねて展開するもので、現在では教育演劇の一つとして非常にポピュラーなものとなっています。さらにシルズはコンパス時代の友人で映画監督のマイク・ニコルズと共に演劇学校を作るなど、晩年まで指導を続けました。
2人の活動はインプロ、俳優教育、教育演劇ほか幅広い分野に影響を与えたのです。
◎その後のインプロ:
「コンパス」と「セカンドシティ」の成功により、ここから枝分かれするようにインプロ劇団は全米へと広がっていきました。特に「セカンドシティ」3代目ディレクターのデル・クロースの元でトレーニングを受けた団員たち(ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイドなど)が、テレビ「サタデーナイトライブ」で人気を博し、インプロの知名度が一気に広がります。以降インプロはテレビや映画界への足掛かりの場ともなっていき、現在の興隆へとつなっがていくのです。
*インプロにはキース・ジョンストンの流れを汲むものもありますが、二つの流れがどのように影響しあったのか、詳しくはわかっていません。
◎スポーリン著作リスト(すべてamazon.comで入手可能です)
1.「Improvisation for the Theater」
(「即興術~シアターゲームによる俳優トレーニング」~未来社)
スポーリンが1962年に出版し、現在もロングセラーを続けるシアターゲームのバイブルです。
2.「Theater Games for the Classroom」
小学校の先生に活用してもらうために、わかりやすく書かれた本です。
歌遊びや伝承ゲームも収録されています。
3.「Theater Game File」
カード形式になっているので必要なゲームだけ現場に持っていけます。
4.「Theater Games for Directors」
演出家を対象にセリフ劇のリハーサル段階でシアターゲームをどう使うかを書いた本です。
5.「Theater Games for the Lone Actor」
スポーリン最後の著作でポール・シルズが完成させました。一人でできるエクササイズを集めた本です。